院試休み 最終日

ついに明日院試だ。

 

この1ヶ月を振り返ってみる。

時間がある、という生活は少し懐かしかった。

しかし、暇がある、というのは、時間を持て余しているようで、何かうまく使えていないような気がしてならない。というのもこの一年弱は走りながら考えることをモットーとしていたがいざ時間があると腰が重い。まあ過ぎ去ってしまったことは仕方ないし、そういう自分の傾向を受け止めて、これからの生活にいかしたい。

 

そういう意味では、時間が限られると、空き時間が輪郭を帯びてくる。もっと抽象的に言えば、少数派の時間を意識するようになる。社会人に近づき、年齢を重ねるにつれて「空き時間」を意識するようになるのだろうが、そんな生活も人生っぽくて少し憧れる。

 

 

この前、就職の決まった同期と温泉に行く機会があった。

その時の話の中で、彼が社会人になりたくないな〜とぼやいていた。学生の間は何もしなくても時間が進んでいて、今の生活が正直楽、というのは分かるな〜と思いつつ、来年から彼はどのような心持ちで働いているのだろうなと想像してしまった。その時は、「休日何する?」「趣味でも始めるの?」「彼女作るしかないよな??」とか理想と現実の見境のない雑談を裸でしていた。

今、これを書きながら、彼はどう社会に馴染んでいるかを改めて想像してまう。仕事は無難にこなして、休日までの日数を数える日々なのかもしれないし、環境が変わって仕事スイッチが入るかもしれない。どんな生活をしていても社会人の先輩には変わりはないし、社会人自慢の1つや2つ持っておいて欲しいな〜と密かな期待をしている。

 

そこから、自分の就職を少しだけ考えてみた。

社会において、一体何がしたいのだろうか。その問題意識はいまだにわからない。「少しでも世の中をよくしたい」という漠然としたMissionめいたものは薬学部に入る前から持ってはいたが、それは果たして創薬に携わることによって達成されうる目標なのだろうか。

どのように働きたいか、というのも大切であるように思う。研究職という専門職についていくこと、いわば知識を深めていくのが好きなタイプかと言われると少し疑問ではある。どちらかといえば、色々なことを経験、学習してみたいと思うタイプだと自分では思っている。

 

やりたいこととやらなければならないものは別で、自分はどちらを意識すべきか。漠然とした目標に従って行動するのであれば、後者が良いとされるわけだが機械的にそう選択するのは脳死もいいところだろう。

研究職と総合職、そんなところから悩んでしまうのだから就職した人を尊敬してしまう。彼らに追いつける日は来るのだろうか、などとぼんやり思いながら明日から研究室生活をまた始めたい。